交通事故による後遺障害の一つとして、高次脳機能障害があります。
交通事故により高次脳機能障害を負った場合、事故の相手方に慰謝料や逸失利益を請求できます。その金額は、症状の重さごとに定められた後遺障害等級により決まります。
この記事では、高次脳機能障害の中でも特に後遺障害3級に該当する症状と、等級認定のために必要な手続きについて、弁護士が解説します。
高次脳機能障害の代表的な症状
高次脳機能障害とは、ケガや病気により脳に損傷を負った結果、生じる障害の一種です。
脳の機能には、
- 呼吸や循環といった「生きていくために不可欠な機能」
- 視覚、聴覚などの「基本的機能」
- 知識に基づいて行動を計画、実行する「高度な機能」
があります。
高次脳機能障害とは、このうち「高度な機能」に障害が生じることをいい、認知や行動に障害が生じたり、人格に変化が起きることもあります。
高次脳機能障害が生じても、外見上の変化は見られず、被害者自身も障害を認識することが難しいため、「見えない障害」ともいわれています。
高次脳機能障害の症状には、主に次のような種類があります。
(1)記憶障害
記憶に関する障害です。具体的には、
- 前向性健忘……一時的に、新たな情報が覚えられない
- 逆行性健忘……一時的に、過去のことを思い出せない
- 短期記憶障害……ついさっきのことを思い出せない、新たな情報が覚えられない
- 長期記憶障害……過去のことを思い出せない、新たな情報が覚えられない
などです。
なお、記憶は、
前頭葉の即時記憶(ワーキングメモリー)
→側頭葉の内側にある大脳辺縁系海馬の短期記憶
→側頭葉の長期記憶
という流れで処理されて格納されると考えられています。この流れの一部でも損傷すると、新しいものごとを長期記憶に格納することが難しくなります。
高次脳機能障害の中では、記憶障害は被害者自身も認識しやすい症状といえます。ただし、高齢者の方は、認知症など経年性変化との区別が必要になることがあります。
(2)注意障害
注意力に関する障害です。具体的には、
- 覚醒度低下……いつもぼんやりしている
- 集中力低下……物事に集中できない
- 持続力低下……作業を長時間続けられない
- 転導性低下……周囲の変化に気が付かない、周囲の変化に合わせて行動を変えられない
- 転換性注意力低下……状況に応じた注意の変換ができない
などです。
注意の機能は、意識の中心である前頭葉が担っていると考えられています。
(3)遂行機能障害
言語・記憶・行為などの高次脳機能をうまく活用できなくなる障害です。具体的には、
- 判断力と思考力が低下し、段取りが悪くなる
- 周囲の状況に臨機応変に対応できない
- 目標の設定の障害
- 計画立案の障害
- 計画の実行の障害
- 効果的・効率的な行動ができなくなる
などです。
遂行機能も、感覚情報や記憶を総合して意思決定をする高度な機能であり、前頭葉が担っていると考えられています。
(4)社会的行動障害
他者との間でうまくやっていく能力に関する障害です。具体的には、
- 感情をコントロールできない
- 一つのことに固執する
- 意欲の低下
- 自分の気持ちをうまくコントロールできない
- 対人関係の障害
- 依存的行動
などです。
社会行動は、自己の感情だけでなく、周囲の情報や相手の人格と感情を予想して、自己の適切な行動を決定するもので、人間の脳のもっとも高度な総合的機能です。前頭葉の前頭前野が担っていると考えられています。
(5)失語症・失行症・失認症
- 失語症……聴力は問題ないが言葉がでてこない、話の内容がわからなくなる
- 失行症……食事や行為の順番や、道具の使い方がわからなくなる
- 失認症……視力・聴力・感覚に問題ないものの、見たもの聞いたもの、触ったものがわからなくなる
言語の理解は側頭葉(主に左半球)のウェルニッケ野、発語機能は前頭葉のブローカ野(主に左半球)が担っていると考えられています。
失行症、失認症は、記憶に関連しており、側頭葉の損傷で起きやすいと考えられます。視覚情報は後頭葉で一次処理されるため、視覚情報の失認症は後頭葉の損傷でも起きると考えられます。
後遺障害等級と後遺障害3級の症状
交通事故により上記のような症状が残った場合、後遺障害等級が認定されると加害者に対して後遺症慰謝料などを請求できるようになります。
以下では、
- 後遺障害等級の概要
- 後遺障害3級に該当する症状
について解説します。
(1)後遺障害等級とは?
交通事故によりケガをした場合、症状が固定しこれ以上回復できない後遺症が残ることがあります。
この後遺症について、自賠責保険の基準で障害の等級を認定されたものを後遺障害といいます。
医師の治療および症状固定の診断を受けた後、所定の機関(損害保険料率算出機構など)に対し等級認定の申請をすると、後遺障害の等級が認定されます。
後遺障害等級が認定されると、後遺症慰謝料や逸失利益(=障害のために得られなくなった将来の収入)などの賠償金を請求できるようになります。
後遺障害は、症状の部位と程度・深刻度によって、1~14級(および、要介護の1級・2級)の等級に分類されます。
1級の症状が最も重く、症状が軽くなるに従って2級、3級……と等級が下がっていきます。
神経系統の症状の後遺障害は、1級、2級、3級、5級、7級、9級、12級、14級の8種がありますが、寝たきり等で介護が必要な1級と2級は精神面と肉体面の能力を併せた介護の必要性で決まりますので、純粋な高次脳機能障害としては3級が最上位となります。
後遺障害により失われた労働能力の割合を「労働能力喪失率」といいますが、後遺障害3級の労働能力喪失率は100%とされています。つまり、労働能力を完全に失った状態と評価される、大変重い障害といえます。
(2)後遺障害3級の症状
後遺障害3級の神経症状は、3級3号に「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」と定められています。
これは具体的には、
- 食事、入浴、用便、着衣など、生命維持に必要な行動をある程度一人でできる
- 神経や精神に重い障害があり、生涯就労できないと判断されている
=「意思疎通能力」「問題解決能力」「作業負荷に対する持続力・持久力」「社会行動能力」
の4能力のうちどれか1つについて「全部を喪失」している、または複数の能力喪失を総合して生涯就労できないと認められるという状態を指します。
交通事故による高次脳機能障害で、上記のような状態に陥った場合、後遺障害3級3号と認定されることになります。
(3)後遺障害等級認定における注意点
高次脳機能障害は年数の経過により症状が軽減することもあり、一定期間のリハビリと経過観察が必要です。
特に未成年者は脳の回復力が高く、成長時の影響の見極めも必要となりますので、重症の場合には、受傷後数年または18歳までは経過を見るべきです。
成人は受傷後1年半~2年程度のリハビリをする例が多いようです。
高齢者の脳は受傷後1年を経過後は回復力が乏しいと考えられています。
等級認定の審査を申請するためには、被害者の回復状況を診察してきた医師による症状固定の判断が必要となります。高次脳機能障害の場合は、事故による受傷から等級認定までが2年またはそれ以上、最終示談と賠償金の受け取りまではさらに長い時間がかかるのが通常です。
経済的支柱となっていた方が高次脳機能障害を負い、治療とリハビリをされる場合など、賠償金の受取りまでの経済的な負担が大きい場合は、仮渡金制度や示談金の前払い交渉で、慰謝料の一部を早く受け取る方法もあります。
また、症状固定した場合には、「後遺障害保険金の被害者請求」によって、自賠責保険金だけを先に受け取ることもできます。
なお、脳内出血や脳挫傷痕がある場合は、数ヶ月~数年経過してから外傷性てんかんが生じる可能性があります。脳挫傷や脳内出血を受傷した場合には、早期に治療が終わって症状固定が判断されていても、少なくとも受傷後2年以内の示談は避けるべきでしょう。
後遺障害3級認定の申請に必要なこと
それでは、後遺障害3級認定の申請に必要な手続きについて見ていきましょう。
(1)MRIなどで脳の状態を撮影する
交通事故により転倒や衝突で頭部を強打した場合、ほぼ必ず、救急搬送先の病院でCTが撮影され、脳挫傷や脳内出血の有無が診断されます。
万一、事故直後にCTが撮影されなかった場合でも、頭部を強打していた場合には、早めに精密検査を受けることをおすすめします。自覚症状がない場合でも、これらの精密検査で発見されることもあるからです。
意識障害を伴うような重い脳の腫脹(炎症)は、1~3ヶ月かけて治まっていき、傷ついた脳神経細胞は失われて脳萎縮や脳挫傷の痕跡を残します。
この回復期間の脳は非常に疲れやすいので安静第一となります。
多くは3~6ヶ月後の時点でMRIを撮影することになります(MRIが無い場合はCT)。重症の場合は、症状固定判断前に再度MRI撮影がなされるでしょう。
後遺障害の認定には、事故直後のCT画像と3~6ヶ月後のMRI画像で、脳の異常(脳挫傷痕、脳内出血、脳萎縮)を画像で確認できることが決定的に重要となります。(※)
なお、事故前に頭を打ったり脳動脈瘤の治療をしたりして、CTやMRIを撮影した経験があるならば、「事故前の画像」として提出し、比較してもらうこともできます。
事故直後に頭部打撲または頭部外傷の診断がない、またはそのような診断があっても事故直後にCTまたはMRIを撮影していない場合には、その後に脳損傷が判明しても、交通事故による脳損傷だと証明するのは非常に難しくなります。
(※)脳挫傷痕がはっきり表れない「びまん性軸索損傷」の立証のためには、受傷2~3日後のMRI画像と受傷3~4週間後のMRI画像を比較することが非常に有用とされていますが、そのような理想的タイミングでMRI撮影されることは稀です。多くの「びまん性軸索損傷」事例は、事故直後の意識障害状況、事故直後のCT画像、事故数ヶ月後のMRI画像の組み合わせから判断されます。
(2)神経心理学検査を受ける
神経心理学検査とは、高次脳機能障害の有無を調べる検査で、言語や思考、認知、記憶などを数値化して客観的に判断するものです。
知能検査としてはWAIS-Ⅳが有名で、多くの高次脳機能障害で用いられます。
WAIS-Ⅳ検査ではうまく検出できない高次脳機能障害がある場合、記憶障害についてはWMS-R(ウエクスラー記憶検査)、注意障害についてはCAT(標準注意検査法)、遂行機能障害についてはBADS(遂行機能障害症候群の行動評価)、失語症についてはSLTA(標準失語症検査)など、症状ごとにさまざまな検査方法があります。
高齢者の場合には、簡易な長谷川式の認知症スケールのテストもしばしば用いられます。
交通事故の後、6ヶ月程度経過した時点で一度検査し、そこから1年ないし2年経過した頃に二度目の検査をして回復程度を見る例が多いようです。神経心理学的検査は時間も費用も掛かりますので、中高年者の場合には症状固定前に一度しか検査しない場合もあります。
この神経心理学検査は、半日から数日がかりになることがあり、脳損傷を負った被害者にとっては小さくない負担です。
このため、コミュニケーション能力を失って明らかに3級相当の重症の場合や、高齢者などで日常生活状況から重症だと分かっており神経心理学的検査に耐えられない場合には、神経心理学的検査がなくとも、画像と、医師が作成する「神経系統の障害に関する医学的意見」及び家族等の作成する「日常生活状況報告」で判断されます。
自賠責保険は、脳内出血ないし脳挫傷痕がある場合、見かけ上も自覚症状でも脳機能の低下がほとんどみられなくても、後遺障害第12級を認定するのが現在の運用です。
したがって、この神経心理学検査の多くは、実質的には、5~9級の判断で重視されることになります。
(3)医師に必要書類を書いてもらう
MRI検査やCT検査、神経心理学検査で異常が確認され、医師により症状固定(=これ以上症状が回復も悪化もしないこと)の診断を受けたら、後遺障害診断書を書いてもらいます。
後遺障害診断書は、後遺障害認定に欠かせない、最も重要な書類となります。そこで、高次脳機能障害に詳しい専門医を探すことも重要です。
また、高次脳機能障害の認定で必要とされる、以下の書類も予め書いてもらえるとよいでしょう。
- 神経系統の障害に関する医学的意見
- 頭部外傷後の意識障害についての所見
(4)「日常生活状況報告書」および「学校生活の状況報告」
高次脳機能障害を受けた被害者の日常生活動作(ADL)を把握するため、ご家族で事故前と事故後の被害者の変化を知る人に、
- 日常生活状況報告書
を作成いただくことがあります。
また、被害者が就学中の児童や生徒の場合には、事故前と事故後の変化を知る担任の教師に
- 学校生活の状況報告
を作成していただくことがあります。
(5)弁護士に依頼する
医師の診断書など必要書類一式を損害保険料率算出機構に提出し、後遺障害3級が認定されると、加害者側(通常は、加害者が加入する保険会社)と慰謝料額などについて交渉することになります。
後遺症慰謝料の金額を算出する基準としては、
- 自賠責の基準
- 任意保険の基準
- 弁護士の基準(裁判所の基準ともいいます)
の3つがありますが、どの基準を用いるかによって慰謝料の額が変わります。
3つの基準を金額の大きい順に並べると、一般に
弁護士の基準>任意保険の基準>自賠責の基準
となります。
例えば後遺障害3級の場合、後遺症慰謝料の目安は、
- 自賠責の基準:861万円
- 任意保険の基準:各保険会社による(自賠責の基準よりやや高い程度)
- 弁護士の基準:1990万円
となります(いずれも、2020年4月1日以降に起きた事故による場合)。
被害者が、自分自身(または加入している保険会社の示談代行サービス)で示談交渉を行うと、加害者側の保険会社は、自賠責の基準や任意保険の基準による低い金額を提示し、話をまとめようとしてきます。
これに対し、被害者に代わって弁護士が示談交渉を行う場合は、最も高額な弁護士の基準が用いられます。これにより、慰謝料額の増額が期待できます。
また、逸失利益についても、弁護士が示談交渉する場合は、期間制限されずに67歳または就労可能年齢まで請求するのが基本で、保険会社の提示額より逸失利益が増額する場合が多くなります。
さらに、後遺障害の認定を受けるための手続きは複雑で、大きな精神的・身体的・時間的負担がかかります。弁護士に依頼すれば、これらの手続きを任せられ、ご自身は治療に専念できます。
また、重度の高次脳機能障害の場合、障害年金など社会保険との調整が必要となったり、将来介護費を請求できたりする場合もあります。被害者が若年の方の場合には定期金賠償を請求する必要があるかもしれません。それらについては、ご自身と加害者側の保険会社との交渉で、不安なく納得してまとめることは難しいでしょう。
以上のことから、高次脳機能障害による後遺障害の認定、および加害者側との示談交渉は弁護士に依頼するのがおすすめです。
(参考)成年後見制度
5級以上の高次脳機能障害の場合、損害賠償の総額は非常に高額となることが多くなります。この場合、加害者側との示談交渉において、被害者の判断能力(意思能力)が十分なのかが問題となります。
判断能力が十分でない状態では、加害者側と直接交渉することも、弁護士に依頼して交渉方針を打合せすることも、弁護士と二人三脚で裁判に臨むこともできません。
このように、被害者に事故後の示談交渉などに対応する判断力がないときは、被害者のために財産を管理し重要な判断を代行する成年後見人や、成年後見人を監督する成年後見人監督人を、家庭裁判所に申し立てて選任してもらう必要があります。
多くの場合は同居の親族が成年後見人に選任されますが、裁判所が必要と認める場合は、弁護士などの職業的成年後見人が選任されます。
成年後見人が選任された場合、事件の交渉や弁護士への依頼は成年後見人が行うことになります。
なお、被害者が未成年者の場合は原則として親権者(=親)が行います。
もちろん、高次脳機能障害の3級の被害者であっても、記憶障害や感覚障害が主で、金額的な判断能力が十分ある場合には、被害者ご自身で弁護士に依頼して事件を進めることはできます。
【まとめ】高次脳機能障害の慰謝料請求でお悩みならアディーレ法律事務所にご相談ください
高次脳機能障害とは、交通事故などが原因で、脳や神経が損傷を受けて現れる症状のことをいいます。
高次脳機能障害の症状は多岐にわたる上に、複数の症状が重なることもあります。
高次脳機能障害の治療には1年から数年かかることがあります。
後遺障害3級は、記憶力や学習能力、対人関係などの障害で仕事ができない状態です。
後遺障害認定を受けると、慰謝料や逸失利益などの賠償金を請求できるようになります。
加害者側との示談交渉を弁護士に依頼すると、慰謝料や逸失利益などの賠償額の増額が期待できる上に、複雑な手続きを任せられるというメリットがあります。
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